第2回 ドレスト光子はオフシェルの光子

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第2回 ドレスト光子はオフシェルの光子

第1回の質問に答えるために想定したのは真空中や物質中などを伝搬する光であろう。その場合には解答は「否」となる。ここでは解答が「可」となる理由を知るために、まず準粒子(素励起:多体系の励起状態)の運動量とエネルギーとの関係、すなわち分散関係について考えよう[1]。
光子が物質に入射すると光子は物質に吸収され励起子(固体中の電子・正孔対を一つの粒子と見なした準粒子)が発生するが、その後、この励起子が消滅し光子が発生する。この繰り返しの現象が物質中を伝搬する。すなわち光子と励起子が互いに時間的および空間的に逆位相で生成、消滅を繰り返す。この現象は光子と励起子との相互作用により新しい定常状態が物質全体にわたり形成されることを意味しているが、この定常状態は分極場と考えられポラリトンと呼ばれる準粒子である。特にこれは光子と励起子とが相互作用した結果生じた準粒子なので励起子ポラリトンと呼ばれており、電磁場と励起子の分極場とが作る連成波である。励起子ポラリトンの運動量(波数に比例、波長に反比例)とエネルギーの関係は分散関係と呼ばれており図2.1中の実線の曲線により表される。一方、破線の直線は真空中の光の分散関係であり、波長と周波数が反比例することを表している。第1回の質問に答えるために思い描いた光は実線の曲線、すなわち物質中を伝搬する光である。一般に従来の光技術ではこの曲線を使って材料やデバイスが設計されている。

図2.1図2.1 分散関係の例

この他の準粒子の例としてフォノン(結晶中の格子振動の基準モード)、プラズモン(電子気体中の電子密度の集団運動)、ポラロン(伝導電子と光学フォノン)、マグノン(スピン密度波の集団モード)などがあるが、それらの分散関係もこのような実曲線によって表される。この曲線は量子場の理論などでオンシェル(on shell)と呼ばれている[2]。
一方この図には実曲線から外れた広い領域があり、ここでは緑色で表している。この領域はオフシェル(off shell)と呼ばれている。オフシェル領域に存在する準粒子の性質は次のとおりである。

(1)運動量、波数の取り得る範囲、は広い。従って不確定性原理から決まる準粒子の寸法は小さく、から励起用の光の波長以下である。

(2)エネルギーの取り得る範囲は広い。従って不確定性原理から決まる準粒子の存在時間は短い。

(1) 、(2)の性質をもつ光は各々「近接場光」、「仮想光子」なる用語により表されている。これらの特性を表す統一的用語が「ドレスト光子(dressed photon: DP)」である[3,4]。すなわちDPはオフシェル領域に発生する量子場としての準粒子、すなわちオフシェルの光子に他ならない。

これらの性質に注目すれば第1回の質問に対する解答はすべて「可」となる。すなわち:

[質問1] (1)からわかるように、DPは真空中ではなく物質中またはその表面に発生し、その領域はナノ寸法(すなわち光波長以下)である。これが質問1に対する解答を与える。そのように小さな光はファイバプローブの直径が入射光の波長より小さいところに発生する。従ってファイバプローブの開口に露出し尖った部分にも発生する。

[質問2] (1)からわかるようにDPの寸法は小さいので、物質中の電子の軌道の寸法にくらべ十分大きいという近似、すなわち長波長近似が成り立たない。元来この近似により、電子が逆の偶奇性をもつ場合には電気双極子遷移が禁制されてきたので、この近似が成り立たない以上、電気双極子遷移は許容される。

[質問3] (1)からわかるようにDPの持つ運動量は広範囲にわたる。このうちの一部の運動量が伝導帯の電子に与えられると、従来の運動量保存則を満たさなくとも電子は正孔と再結合する。その結果、発光する。

[質問4] (2)からわかるようにDPの持つエネルギーは広範囲にわたる。すなわち、質問1のファイバプローブ後端から可視光が入り、先端の尖った部分に発生したDPは可視光よりもエネルギーの低い赤外線、さらにはエネルギーの高い紫外線も含む。紫外線は分子に吸収され、分子は解離する。

なお、DPの性質、特に光と物質との相互作用に関する性質を説明する為に量子化を行おうとする際、(1)に記したように、DPの寸法は光の波長よりずっと小さいので場の量子化のための共振器を定義することはできない。そこで無限モードの場を考え、その重ね合わせとして表す。一方、DPは物質とエネルギーをやりとりするが、 (2)のようにDPのエネルギー範囲は広いので、物質中の電子のエネルギー準位も無限数考える。こうしてDPの生成消滅を表す演算子が導出されたが、それらは光子の演算子と電子の演算子の和からなることから、光子は電子エネルギーの衣をまとっていると考えられ、DPと呼ばれている[3,4]。DPはまたフォノンのエネルギーの衣をまといDPフォノン(DPP)と呼ばれる準粒子を形成する。DPが空間的に局在し、エネルギー範囲が広いことから、ここで扱うフォノンは局在、かつコヒーレント状態のフォノンである。

参考文献

[1] D. Pines, Elementary Excitation in Solids (Perseus Books, Reading, Massachusetts, 1999).

[2] R. P. Feynman: The Theory of Fundamental Processes (W.A. Benjamin, New York, 1962) pp.95-100.

[3] 大津元一、「ドレスト光子」(朝倉書店、東京、2013)pp.10-32.

[4] M. Ohtsu, Dressed Photons (Springer, Berlin, 2013) pp.11-36.