第10回 フレネルの研究と技術開発をめぐる動き

第10回 フレネルの研究と技術開発をめぐる動きヘッデイング

 

テレサ・レヴィット著、岡田好恵訳、「灯台の光はなぜ遠くまで届くのか」(講談社、2015)には
・19世紀初頭の光学研究で有名な研究者フレネル(仏)の生涯、特に彼の創出した波動光学理論 と灯台照明用フレネルレンズの発明
・フレネルレンズが仏、英、米の灯台に設置されるまでの政治的、経済的、軍事的なせめぎあい
などが記述されています。
フレネルの波動光学理論に対する粒子説信奉派のブリュースター(英)、ポアッ ソン(仏)、ラプラス(仏)などの妨害は激しく、先端的な研究をするのは当時も大変だったようです。フレネルは優れた基礎研究の成果を挙げつつ結核により若くして死亡しますが、フレネルが発明したレンズ(フレネルレンズ)を灯台に搭載する一大事業は彼の弟が実現しました。基礎研究から実用化へはこのような役割分担を強いられるのが宿命でしょうか? 当時はレンズ研磨製造に関する精密技術が無く「精密という概念を持たない者に、それを求めることは難しい。相手が自分より年上で、幾何学の基礎知識が無い場合には、なおさらだ。」とのこと。革新技術はその前時代の年長技術者・研究者には理解できないようです。
究極の職人芸を要求するガラスと光学装置を一度に大量生産することが求められました。これは当時の先端技術を産業化する過程で必要な要求でしたが、現代でも成り立つ要求です。そうこうするうちに英国が興味を持ち始めてきたので「主要部分についてしゃべり過ぎないように注意せよ。英国人に詳しいことを知られたら、すぐ追い抜かれる。」と注意喚起していました。知財の取り扱いに注意ということでしょう。
粒子説信奉派のブリュースターはフレネルの名前を耳にするだけで激高したそうです。「他人のアイデアを自分のもののように主張するが、それは頭の状態が少しおかしくなっているせい。」といわれるほどのユニークな人だったそうです。
一方、当時の米国は光学技術の先進国ではなかったので、「この国には、腰を据えて、理論的抽象的な知識の研究をしようとする者は皆無に等しい。誰もが権力や利益を求め、常に動き回っている。このように騒々しい中で、平常心を保ち、学問の探求をすることなど不可能だ。」といわれました。現代でも未だにこのような状況にある国も存在するかもしれません。
米国が灯台にフレネルレンズを導入しようとしたとき、米国の役人プレソントンは経費削減のみに命を燃やし、航海中の船長の気持ち等一切理解しなかったようです。「船長というものは、どのくらい経費の節減になったかより、光がよく見えるかどうかのほうに関心があるとは考えもしなかった。」とのことです。彼は革新技術のフレネルレンズに対しては徹底的に非協力的で、水面下での妨害活動にいそしみました。「彼は灯台の改革に関することには、頑迷に反対した。米国の灯台は、恥ずかしいほど欠陥ずくめなのに、米国の灯台装置こそ世界一だと言い張り、自分の無知が露見するのを極端に恐れている。」とのことです。
その後、米国がスペイン、メキシコ等から領土を奪い取った結果、カリフォルニア沿岸などに灯台設置のニーズが高まり、また南北戦争でもニーズが高まりました。これも当時のイノベーションの社会的環境でしょうか?
あとがきに「灯台の光(light)の改善に貢献した光学界の先達(light)」 と書かれています。lightには光という意味だけではなく、先達、さらには指導的な人物、大家、権威者という意味もあります。我々も光(light)の独創的科学技術を推進する先達(light)になれれば本望です。