第8回 私の同僚だったある米国人研究者の言葉

第8回 私の同僚だったある米国人研究者の言葉ヘッデイング

 

北原和夫著『プリゴジン*の考えてきたこと』(岩波書店、1999)のp32-33に次のような記述がありました。「プリゴジン学派の研究者の中では、若いときに大部の本を書いた人が後になって大きく伸びている。・・・本を書くということは、過去の仕事をまとめるだけでなく、十年先を見据えた思想がなければ読者には訴えない。名著というものは、むしろ論文では表現できなかった著者の哲学が語られているものである。」

 (*)プリゴジン(Ilya Prigogine: 1917-2003)は非平衡熱力学統計物理学でも大きな足跡を残し「エントロピー生成極小原理」はよく知られています。散逸構造の理論で1977年のノーベル化学賞を受賞。

 このくだりを読んで30年も前の出来事を思い出しました。私が米国AT&Tベル研究所に勤務している時、私の同僚で同年輩の研究者から「我々は研究者なので気楽だ。論文を書いていればよいのだから。それに対しあなたは教育者でもあるので大変だね。論文の成果をまとめて本を書かなくてはならないのだから。」といわれました。その時はピンとこなかったのですが、その後になって上記の本のくだりを読んで気が付きました。

すなわち教育に携わる人間は十年先を見据えた思想をもち、論文では表現できなかった著者の哲学を語る必要があることを意味しているのです。それには本を書く必要があるのです。もちろん先人が開拓した分野を紹介するような本を書くのではなく、自分自身が切り拓いた分野を紹介する本を書かなければなりません。それは世界中で自分一人しか書けない本です。このような本を書くことが教育につながるのみでなく、肝心なことは自身の研究の展望も開けてくるということでしょう。